8月27日の日記

2015年8月27日


こないだ、Iさんとの話題にもチョロッと挙がったんだけど…



「目立とうとする」ことや「興味を引くこと」を"目的"にしてしまって、言動を歪めてしまう人が、最近は特に多くなってる気がする。


俺個人の見解としては、【何か大きな実績や結果を出そうとする過程で、人目に触れること、誰かに興味を持たれたり評価されること】が、大小の差はあれ、「目立つ」ってコトだと思う。



「○○みたいなコトをやれば目立てる」「○○の模倣をすれば目立てる」っていう、内実を伴わない狭窄な言動には、"実績"も"目的"も無い。


例えば…
ステージに立つ人間は「目立つ」ことではなく、「パフォーマンスをする」とか、「緊張を楽しむ」コトを"目的"にしていて、あくまでもその"手段"や"過程"で目立っているに過ぎない。


他にも、
「恋をしてる女性はキレイ」なんて言うけど、綺麗になる目的で恋に恋する、なんてのは、ナンセンスもいいとこだ。



いわゆる"形骸化"というやつ。
ここポイント。

「目立ちたい」という表面上の結果だけを求めて、本質や内実が伴わないモノ…
目立てれば誰でもいい、何でもいいって事態に陥りがちだ。


Iさんの例えを借りるなら、それこそ《コンビニの冷ケースに入ってツイッターに写メ上げればいい》だけじゃん?
まぁ、それは結果的には目立ってるわけなんだけど…逆に言えば「目立つ」っていう結果しか出せていない。しかも、他人の迷惑を踏み台にして。

本来であれば、何かの実績や評価を得るという目的の中に「目立つ」という手段や過程が存在するだけ。


「目立ちたい」と思うことは、人間として全く間違いじゃないと思う。
けど、「目立つことで何を得たいのか」―――その"自己愛"を受け入れることが、「目立つ」第一歩なんじゃないかな。



【多くの人に評価されたり褒められたりして、自分を認めてほしい】――

【誰かに感動や笑顔を運んだりして、自分の行動を評価してほしい】――


「目立つ」っていうのは、そういう"自己愛"を表現するための、大いなる"手段"の1つでしかないこと、あらかじめ念頭に置いておく必要があるよね。


便利だから、改めて例に挙げるけど…
コンビニの冷ケースに入る前に、「この行動は結果として"自分のため"になるだろうか?」と穿って考えれば、非難されたり批判されたりする結果は避けられたと思う。


とても面白いと思ったかもしれない、これこそが正しいと思ったかもしれない…

けど、そういった自分の言動ひとつひとつに、少しずつでも「どうなんだろう?」「なんでだろう?」って疑問を持とうとする勇気が、考える力を養っていくんだろう。きっと。


間違いはあるだろうさ。
そりゃ新しいことだ、正しいか間違いかなんて、誰も教えてくれやしないんだものな。
だから自分で考えて、間違って、また作り直して…そうすれば、今度は誰も間違わない。


明日間違わないために今日間違えるなら、それって偉大な【進歩】なんじゃない?

今ある自分自身の生き方や考え方に疑問を抱くことは、すごく嫌だし、辛いし、勇気がいる。
それでも、その確かな【進歩】は、何物よりも誰かを惹き付けて止まない。その【進歩】こそが「目立つ」んだと思うな。






しっかしIさん、ホントに聡明だなぁ…
こんな味噌っカスみたいなガキの安っぽい話をわざわざ聴いてくれる。


…いや、こんなガキの話ですら聴いてくれる人だから、聡明だと思えるんだろうか。


まぁ俺も、内実の伴わないこと…あ、「建前」って言うんだっけ?そのなんちゃらってやつは、殆ど吐かないからね。好きは好き、嫌いは嫌い。
俺のそういう"愚直さ"まで理解してくれてるから、真っ向から聴いてくれるのかもしれない。


また、そのことを"理解しようとしてくれる"――そういう人間としての寛容さや強さも、やっぱりIさんの魅力的なところだと、心から思います。尊敬していてよかった。












(…って、褒めちぎっておけばいいのかな…?)


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