達観や諦観なんて損なもんだよ
"何か"をわかってたところで、そのことを誰もわかっちゃくれないんだから
親も
友人も
わかんないほうがいいに決まってるだろ
こんなの
死ぬまで続くんだぞ
考えたことあるか?
死ぬまでこんなことを続ける、死んでもこんなことを考える
長過ぎるよなぁ、人生って
どうして楽しいことも自分の思い通りにやれないんだろうなァ
どうせ来週も来ると思ってるんだろ?
いつも通り、ヘラヘラ笑いながら面白いことを言うんだろうと、どこか思ってるんだろ?
今になればこそ、思うわ
ギャザって面白くないんだね
自分で得たもので、考えたものでどんなに頑張ったって「ダメ」の一言で終わる。
あー、"否認"ってそういう事なんだろうなって、今、気づいた
ほらな?「まーたこんな下らないことで凹んで〜」とか、いちいち自分に嘘をつきながら元気出したフリして、どうしてまだ続けてるんだろう
たかが人生ごとき、さっさとやめればいいんじゃないのかね、俺
さて、また面白いことでも考えますか…
"俺はそういう人間ですから"、なんてな…
コメント
達観的にみえるのは、人間てのは自分に都合の良い様に解釈する生き物だと、
あなたは気づいているからだと思う。
人間なんてそういうものだと、理解してしまったから、そうなのだと自分が納得しているから
悟った様な考えができるんだ。
昔は自分も人の痛みがわかるなんて言ってはいたけど、結局は分かったふりして
その場しのぎの言葉に感じる。
人を傷つけて、訴えられてようやくそれに気付くような馬鹿だから
そんな奴にあなたの気持ちは気付く事が出来るわけないかもしれない。
こんな文章書きこんで、ふざけた奴だと思うかもしれない。
けど、そうおもうなら、怒鳴ってくれ肩をゆすってくれ、そうすれば
こんな奴でも、気付けるかもしれない。
こんな事しかいえないけど
それこそ、俺が強く人に言える人間だったらよかったんだけどなぁ
「優しい」とか「温厚」とか「強い」とか…そういう"都合のいい解釈"を周囲にさせてるのが俺自身だってこともわかってる、そこに妥協して安住してるってのも知ってる
親ですら、わかったような風に「だって優しいでしょ?」なんて賢しらに言うんだぞ。
「バカにしてんのか?今からくびり殺してやるよ」って俺が言うわけないとでも思ってんのかね
…とかなんとか言いながら、結局最期まで言えないに決まってんだよ。"優しい人"なんで
な?面白いだろ?